コラム(糸島芸農前夜)

広島の大学を卒業した後、ドイツで約5 年間作家活動をしてきた。ヨーロッパ各地のアーティスト・イン・ レジデンスにも、機会があれば積極的に参加した。 アートが身近に溶け込んでいるヨーロッパの環境に羨ましさを感じつつも、地元糸島に帰ろうと決心した時、環境、文化が違う中でアートをやっていくため、作品作りの前に、まずは環境作りから始めよう。そのための拠点を作ろうと思った。今まで参加してきたレジデンスを思い浮かべ、作家が集い、地 域と関わりながらアートを発信していける場があればと思った。 

2007 年に海外の作家を招くアーティスト・イン・レジデンス Studio Kura を立ち上げた。最初は、こんな 田舎の小さなレジデンスに来る作家がいるかな?と思っていたが、 web サイトを公開して以来、次第 にメールがくるようになった。 Studio Kura Award なるものを作って、優秀な成績で卒業した生徒を毎年派遣してくるシンガポールの学校もある。

いろんな作家の多様な表現、考え方を紹介すると同時に、作家と共に糸島の人、モノ、歴史の素晴 らしさを再発見出来るのが、レジデンス運営の醍醐味だ。これまで、 15 カ国から 40 名のアーティスト を受け入れてきた。田舎で、十分な設備もないが、それでも作家たちは世界中からやって来てくれ る。その期待に応えるべく、公立の機関ではできないような大胆な企画や、より地域に密着したレジ デンス・プログラムを目指している。 

最初は外国人を見るのが珍しく、「なんばしようとかいな?」と怪しんでいたご近所さんたちも、だんだ ん外国人作家が田んぼ道をうろうろ歩いているのにも慣れてきて、「松崎さんとこおるっちゃろ?あん たどこの国から来たと?なんば作りようと」と、気さくに作家に話しかけてくれるようになった。異国の 来訪者と話したい一心で、英語を習い始めたご老人もいる。松末地域の子ども達のために公民館で英語の勉強会も始まった。

作家は、凄い距離を移動してここに来る。そして出会う。この地に、人に。アイデアとインスピレーショ ンが沸き起こり、新しい人・モノとの出会いが、アートの化学反応を起こし作品が生まれる。そして私たちの日常にも変化が生まれる。その瞬 間はとてもワクワクするものだ。目撃する度に虜になる。この出会いの空間が、漠然と浮かんでいた アートの拠点の形なのかなと思っている。

Studio Kura には、農家や漁師、プログラマー、デザイナー、建築家など、様々な職種の人々がレジ デンスアーティストに会いに、ふらっと来てくれる。2012年から、そうした人たちとアーティストが一緒になって試みる二年に一度の国際芸術祭[糸島芸農]が始まった。AAFに参加したことで、日本各地のアートプロジェクト関係者 にも出会えた。また色々なものが繋がりだした。これからどんなアートの化学反応が起き、広がっていくのか、とても楽しみにしている。

松崎宏史(糸島芸農) 1979 年福岡県糸島市生まれ。広島市立大学芸術学部油絵科 卒業

美術家、 Studio Kura 代表、糸島芸農プロジェクト実行委員長。 2009 年アートカンパニー(株) Studio Kura を設立。糸島から世界へ文化発信をモットーにアーティスト・イン・レジデンス、美術教 育、美術作品制作事業を手がける。